里見龍樹「ソロモン諸島マライタ島北部のアシ/ラウにおける「海に住まうこと」の現在:別様でありうる生の民族誌」

2015/02/09 19:55 に Tadashi YANAI が投稿   [ 2019/01/14 17:56 に更新しました ]

 里見龍樹氏の論文、「ソロモン諸島マライタ島北部のアシ/ラウにおける「海に住まうこと」の現在:別様でありうる生の民族誌」は、ソロモン諸島マライタ島で行われた民族誌的フィールドワークを背景に、珊瑚礁上に作られた人工の島々と本島のあいだで営まれてきたアシ(ないしラウ)の人々の生を主題として書かれた論文である。

 移住と人工島群の歴史、葬制と親族関係、キリスト教受容、漁業、農耕、マーシナ・ルールと呼ばれる歴史的な社会運動——本論文で扱われる一連のテーマは、アシの人々が今日生きる現実を忠実に受け止めて立てられ、先行研究との対話の中で深化されたものであり、その意味でこれは「オーソドックスな」とも形容しうる民族誌的な論文である。しかし同時にこの論文は、M・ストラザーン、E・ヴィヴェイロス・デ・カストロらの著作に触発された、近年の人類学理論の「存在論的」な再構築に深いレベルから反応する実験性を孕んだ試みであり、研究対象を同一性の中に回収した上で議論するという民族誌的・人類学的研究の基本的手続き自体と戦い、アシの人々の生の揺れをそのまま「ぶれたポートレート」として捉えようとする野心的な企てである。偶有性の概念が、この企ての中心に位置づけられ、本論文で繰り返し言及されることになる。

1章では、アシの人々が、珊瑚礁の海に人工島を造って移り住むという独特の「海に住まう」仕方を実践してきた一方、現状ではその多くがマライタ本島に移り住んできており、さらに奇妙なことに、そうした現在の生活をも否定して「山に戻る」ことが望ましいと語る様子が示される。アシの人々の生のこうした不安定な位置取りは、論文全体の基本的なトーンを定めるものとなる。続く第2章では、一連の移住をめぐる人々の伝承が細かく検討される中、「土地と人々の本源的な結びつき」というメラネシア諸社会のステレオタイプとは裏腹に、アシの人々がごく偶発的な契機に基づいて島を造り、その偶発的に生まれた島々が永続性を獲得していく状況が描かれる。

 第3章では、アシの親族関係をめぐるテーマが、島々の間で死者の頭蓋骨を(時に山積みにして)運んでゆくアシの葬制に焦点化した形で論じられる。オーストロネシア語圏の人類学がこうした葬制をとりわけ「死者の集合化」という観点から論じてきたのに対し、里見氏は女性の死者の扱いに注目しつつ、そこに「死者の集合性」と「個別性」が逆説的な形で併存していることを鋭く指摘する。続く第4章では、今日キリスト教徒となっているアシの人々の生の傍らで、キリスト教受容以前の「カストム」がひそかに蠢き、それを人々自身も意識している様子が描かれ、さらにそうした状況が、海に点在する人工島の物質的形象とも結びついていることが論じられる。

 第5章では、アシの基本的生業である漁撈が取り上げられ、GPS端末の利用を含んだ多様な調査手法によるデータに依拠しつつ、人々の実践が「伝統的な資源保全倫理とその崩壊」といった二項対立には還元しえない、本質的に非決定的な振幅の中にあることが示される。続く第6章ではアシの自給的農耕が扱われるが、そこで里見氏が強調するのは、耕地と休耕地という(人間中心的な)区分の彼方に、放っておけばすぐに草木が勢いよく生い茂ってくるという「自然」の旺盛な力が存在しており、彼らの農耕はそうした「自然」との直接的関係の中でのみ理解しうる、ということである。そしてこの人間を超えた「自然」の力こそ、(論文全体の主題たる)アシの生の偶有性の背後にあるものに他ならない。

 終章では、1940年代後半にマライタ島で展開された社会運動であるマーシナ・ルールの記憶が取り上げられる。というのは、人々がこの運動において、普段の生活様式とは全く異質の、集合的な居住や労働のあり方を一気に創出し実現した記憶は、その後も彼ら自身の中に存在し続け、彼らに別様の生の可能性を絶えず指し示し、時にそうした可能性を部分的に現実化させてきたからである。人々の語りを素直に読み取るなら、そうした別様の生は、普段の生活様式と必ずしも対立するものではなく、何かの拍子に飛び出してきて、戸惑いや驚きとともに経験されるものである。

 こうした内容を持つ本論文は、次のような点で高い学術的評価に値する。第一に本論文は、曖昧さに満ちたアシの人々の生を厳密に記述して高い民族誌学的価値を持つと同時に、先行研究の成果を十分に踏まえつつ、それらを独自の視点から揺り動かして各章の議論を発展させることにより、メラネシア人類学に対して重要な貢献をなすものである。第二に里見氏は、同一化に抗する透徹した思考を論文全体で貫くことにより、この論文を「存在論」についての論文ではなく、論文自体を存在論的な企てとして書くことに成功している。フィールドワークにおける自身の一瞬のイメージ、戸惑い、驚きの経験を大事にしつつ、民族誌的事実を丁寧に拾い上げて緻密に組み合わせながら、一連の入れ子を開くように論じていくスタイルは、確かに、里見氏が控えめに言及しているW・ベンヤミンの哲学とも深く通じたものである。