宇田川彩「アルゼンチンの世俗的ユダヤ人における生と探求」

2019/01/13 17:43 に Tadashi YANAI が投稿   [ 2019/01/13 17:47 に更新しました ]
 宇田川彩氏の論文「アルゼンチンの世俗的ユダヤ人における生と探求」は、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスを拠点とする著者の民族誌的フィールドワークの成果を、調査対象の人々との自らの濃密な交流の経験を深く踏まえた形で、人類学的論文として結晶化させたものである。ユダヤ的伝統を背負いつつも正統的ユダヤ教に踏み込むことを避ける「世俗的ユダヤ人」の生とはいかなるものか。それは書物の重視やディアスポラといったユダヤ的主題とどのように関わるのか。宇田川氏は現地の人々の、時に矛盾を孕んだ入り組んだ営みを素直に受け止めたうえで、それを家・記憶・探求の人類学的問題と結びつけ、民族誌描写と人類学的考察を重ね合わせながら本論文を構成している。
 「はじめに」でいくつかの印象的な事例が述べられたあと、序論の前半部では、本論文の理論的骨格が先行研究を踏まえつつ提示される。宇田川氏によれば、追放と再定住の繰り返しという歴史的背景を持つユダヤ人の生は、〈家〉という環境における営み、その内外で想起される様々な〈記憶〉、そうした生のただ中に潜在する(ユダヤ的な)生とは何かという〈探求〉の、三つの問題性と特に関連するものである。そのあと序論の後半部でフィールドワークの概要が説明され、また、この調査で特に現地の人々と一緒に書物を読むことが重要であったことが述べられる。続く第1章では19世紀以来のアルゼンチンのユダヤ人の歴史が概観される。主として東欧からやってきた彼らは、一方でアルゼンチン的な生のあり方に深く溶け込みつつも、他方では独自の相互扶助団体や社交スポーツクラブなどを形成していった。1980年代の民政移管の時代以降になると、多文化主義の広がりのもとでユダヤ性が改めて強調され、正統派ユダヤ教の影響力も目につくようになる。とはいえ、彼らの間の多数派は、この正統派から一定の距離を保とうとする「世俗的」と形容される人々であり、本論文の対象である人々もこのカテゴリーに属するものである。
 以上の準備のもと、第2章では食、第3章では儀礼に焦点が当てられて、世俗的ユダヤ人たちの家庭生活が描写される。第2章の描写にあるとおり、彼らの日常的な食生活は多分にアルゼンチン的であり、彼らはユダヤ法の細かい食餌規定を守ろうとはしない。しかし彼らはユダヤ暦に従って伝統的な食べ物を味わうことも大いに重んじ、実際そうした感覚的経験こそ、彼らにとって、ユダヤ的なものの核心をなすものである。第3章では、家庭内の年中行事として最重要のものの一つである、過ぎ越し祭の儀礼が取り上げられる。この儀礼はハガダーという典礼書を読み上げ、問答や反復を含んだ様々な歌を歌いながら行われるものだが、世俗的ユダヤ人たちはその際、状況に応じて朗読や問答をごく自然に端折っていったりする。これを伝統の否定ないし軽視と考えるのは必ずしも適切ではない。そもそもユダヤ教においては、法的規範と並んで各々の家庭での習慣が重視されてきたからである。世俗的ユダヤ人のもとでは、ハガダーの問答が表現する聖書の出エジプトの解放の物語も独特の形で理解されている。それは神による奇跡の物語ではなく、自らの手で自由を獲得する物語として、大きな共感とともに受け止められるのである。
 人々の現在の生活に関する以上の考察の後、第4章と第5章では、人々が過去と向き合う仕方、つまり記憶やアーカイブの問題が論じられる。第4章では、家族写真や個人的書類等といった様々なモノをめぐる人々の語りが考察対象となるが、この語りの顕著な特徴の一つは、それがアルゼンチンへの移住以前にはほとんど遡らないことである。こうした故地の忘却——および、現在の生活をどこか偶発性を孕んだものと見なす仕方——は、本質的には、ユダヤ人にとって起源とはいつも「ある場所から出る」ことだったという事情が関係していると考えられる。第5章ではアルゼンチンのユダヤ系移民の集合的歴史に関するアーカイブに焦点が当てられる。ブエノスアイレスのユダヤ相互扶助協会(AMIA)に置かれてきたこのアーカイブは、1994年にAMIAの建物を襲った爆破テロにより大部分が破壊されてしまう。灰燼の中からアーカイブを「救出」した人々の間の語りのずれ——この悲劇はユダヤ人のものなのか、それともアルゼンチン社会のものなのか——はとりもなおさず、現代の世俗的ユダヤ人における「ユダヤ」と「アルゼンチン」の複雑な絡み合いを示すものである。
 ユダヤ人として生きるとはいかなることか。世俗的ユダヤ人におけるこの根本的な問いとそれをめぐる探求は、以上の諸章にも通底するものだが、本論文の最後の二章では、「集いの幕屋」というグループの事例を通じて、そうした探求の一つの極限的な現れが論じられる。この小規模グループの人々——中には非ユダヤ人も含まれる——は、ダビッドという名のラビのもとに集まり、一方でユダヤ教の伝統に深く基づきつつ、他方でそれを根本的に組み替えてしまったような営みに加わるのである。そこでは、グループの人々は家からも記憶からも自由になるように促され、ユダヤ人であるという変更不可能にみえたアイデンティティさえ非本質化される。さらには書物という、ユダヤ人が背負うべきとされてきたものが「捧げ物」とみなされて池に投じられ、人々は書物の重さから自由になり、身軽になる。この事例は、アルゼンチンの世俗的ユダヤ人の生と探求の姿を、逆説的ともいえる形で、鮮やかに浮き彫りにするのである。