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断章1985-1994

  • 「他なるものから似たものへ-未来の民族誌に向けて」、『民族学研究』59巻2号、1994年、170-180頁。(download)
  • 「想起と反復-あるマプーチェの夢語りの分析」、『民族学研究』58巻3号 (223-247頁)、1993年。(download)
  • 「人類学と民族科学-スペイン・ガリシア地方の民間医療に関する一つの反省」、 『民族学研究』53巻2号 (155~177頁)、 1988年。(download)
  • 「アマゾン上流域における幻覚・治療・芸術」、 修士論文、東京大学社会学研究科提出、 1985年12月提出、400頁。未刊行。

「「他なるもの」から「似たもの」へ」(1994)

2012/04/20 6:33 に Tadashi YANAI が投稿   [ 2012/04/20 6:33 に更新しました ]

民族誌家は,その記述の対象について「一般性」を求めてゆく限り,何らかの形でこうした操作を行わざるを得ないと言うことができる。つまり,ある社会,ある文化,あるいはある集団についての民族誌を書こうとするなら,我々は一般化すること,すなわち,その社会,その文化,その集団において繰り返される概念や行動の一般性を抽出することを,避けることはできない。そして,この過程において,「純粋なもの」「真正なもの」「豊かなもの」は「不純なもの」「偽のもの」「貧弱なもの」に対して常に優位に立つことになる。なぜなら,「純粋なもの」「真正なもの」は「不純なもの」「偽のもの」の中で部分的に反復されうるが,その道は困難であるからであり,同様に,「豊かなもの」は様々な反復を生みだしうるが,「貧弱なもの」にはそれが困難だからである。セバスティアンの語りは,幾多の「貧弱な」,「不純な」,あるいは「偽の」ヴァージョンを生み出すべく反復されうるが,すでにそれ自体「貧弱で」「不純で」「偽の」ものであるフアンの語りとなると,その可能性ははるかに少なくなってしまう。

ところで,ここで,冒頭で触れたドゥルーズの「一般性」と「反復」の区別を思い起こし,次のような問いを立ててみよう。「一般性」から出発するのでなく「反復」から出発するならば,言い換えれば,民族誌的現実を行動としての反復の連鎖として見たならば,何が見えてくるであろうか?確かにこれは大きな展望の変化をもたらすといえる。この観点からみるなら,我々は「純粋なもの」にも「不純なもの」にも,そして,セバスティアンにもフアンにも,同様に興味を持つことができる。セバスティアンは,(少なくとも表面上は)マプーチェ的な伝統をきわめて忠実に反復しており,この反復の過程は当然,詳細な研究に値するものである。他方で,フアンの伝統の反復は確かに不完全で貧弱なものだが,彼はそのかわりに別のこと,つまりチリ文化のいくつかのテーマを同時に反復するということをも成し遂げている。彼のたどたどしい語りの背後には,言葉にこそあらわれないが,非常に複雑で豊かなドラマが存在しているのであり,一言で言うなら,これは,マプーチェ的テーマとチリ的テーマの混合的反復のきわめて興味深い一ケースなのである。反復の見地からは,さらに,別の立場からでは問うことができなかったような,次の問いを立てることができる。すなわち,セバスティアンもまた,その純粋に伝統主義的な外見の背後に,チリ的なテーマの反復を隠しもってはいないだろうか? この限られたスペースでこの点について展開する余裕はないが,実際そう考える根拠は十分存在するといえる。

これらの[マプーチェの詩人レオネル・リエンラフによる]二つの詩の検討を通じ,筆者は次の三つの点を明らかにすることができたと考える。第一に,ここで筆者の提示する方法は,古典的な民族誌の領域だけに適用されるものではなく,従来の民族誌が周辺的な形でしか扱わなかったような,先住民による詩的創作という不純な領域にも適用されるものである。第二に,これらの不純な領域を扱うに際し,上述の方法は,それらを(諸)伝統と近代との異種混汚的な反復として検討するという,具体的な手続きを提示する。そして第三に,この方法は,リエンラフの詩を,民族誌家が今日そのフィールドで直面する数多くの現象とともに,「我々」自身に「似たもの」である試みとして理解することに可能性を開くものである。なぜなら,この方法によって検討されるのは,「彼ら」が,伝統と近代とに何とか折り合いをつけつつ,それらを同時に生きる仕方を未来に向かって作り出してゆく試みそのものだからであり,それはまた,「我々」自身の生のドラマと類比的なものだからである。

「想起と反復-あるマプーチェの夢語りの分析-」(1993)

2012/04/20 6:33 に Tadashi YANAI が投稿   [ 2012/04/20 6:33 に更新しました ]

(...) この語り[セバスティアン老の「ヘリコプターの夢」の語り]は,一方で様々な時空を自分自身および聞き手の想像のなかに喚起させつつ,他方でそれらを縦断的に反復するものを媒介として,そうした相異なる様々な時空を一つの中心的な時空に関連させてゆく。この中心的な時空こそ,神話的な永遠の世界,神の完全な世界であり,夢や儀礼の中で,わずかに垣間みえる世界にほかならない。セバスティアン老の経験の偉大さは,まさにこの点に関連しているといえるだろう。つまり,1987年のA村のカマリクンにおいて,いけにえの雄牛の心臓を手に持ち,祈りの言葉を述べながら彼が経験したこととは,儀礼を行っている最中の自分の<今・ここ>が,夢の中に現れた兵隊の差し出した心臓を通じて,20数年前の夢の中の時空と融合し,さらにその夢を通じて,夢の中に内包された永遠の世界である青い天界(およびそこで行われているカマリクン)と融合する,という事態であった。一言でいうなら,儀礼の時空と夢の時空と天界の時空とが,セバスティアン老の記憶の働きの中で,瞬時的にせよ,一つのものとなったのである。

(...) このように,セバスティアン老の語りによって引き起こされるものは,ある種の重層的想起であり,全的な反復である。セバスティアン老の語りは,ウインカの物事が充満した現実のA村で暮らしている人々の中に,マプーチェ的なイメージを,身体の運動感覚的なレベル,具象的なレベル,そして存在論的なレベルの三つのレベルにまたがって少しずつ反響させてゆき,増幅させてゆく。そしてその反響は,最後に一つの響きとなって,強力にマプーチェ的なものを肯定するのである。しかし,問題はまだ続く。なぜなら,こうした読みは,この語りの正統的な読み方ではあるが,しかし一つの読み方にすぎないからである。この語りを別な角度から読んで行くならば,逆説的なことに,セバスティアン老の語りによって行われたマプーチェ的な本質の反復は,マプーチェ的なものを強力に訴えると同時に,この語り自体をいわゆるマプーチェの「伝統」の中には収まりきらないものにしているとも言えるのである。ドゥルーズがヒュームを引きつつ言うように,「反復は,反復される対象に,何の変化ももたらさないが,その反復を観照する精神には,何らかの変化をもたらす」。セバスティアン老の語りが,マプーチェ的なものの全的な反復を目指せば目指すほど,そしてそれに成功すれば成功するほど,その反復を眺めるセバスティアン老の精神の内部には,何か新しいものが入り込んでゆく。そして,彼自身は,しだいにマプーチェ的なものから遠ざかってゆくのである。

(...) こうしてセバスティアン老の思考は,伝統の重圧から解放されて,自由に働くことができる。これが,彼の語りのスタイルのもう一つの特徴,すなわち,リアリズムともつながっているのであり,それゆえに彼の語りは民族誌的背景を共有しない者にとってさえ近づきやすいものとなっているのだ。より伝統主義的なマプーチェの同種の語りのように,神話的伝承がそのまま絶対的な真実として引用されるのではなく,ここでは,信仰とは何かというテーマが,一度伝統に由来する諸前提を取り払い,語り手自身が根本的な懐疑を経験した上で,夢の経験と儀礼の経験をへて,信仰へ回帰してゆくという,一種の発展的ドラマとして再構成されている。そうしてゼロから積み上げられているからこそ,伝統は,この語りの中でその全貌を現しているのだ,とも言えるのである。

(...) これが,ある面では伝統を重層的に反復しているセバスティアン老の語りの中で作り出されている差異である。これは,全く新しいものであり,この意味で,セバスティアン老は,新しい信仰の形成者となっているのである。エリアーデは,『創世記』の,ヤーヴェに自らの子イサクをいけにえとして捧げようとしたアブラハムの行為に言及して,アブラハムは習慣の命じるところに従ってその供犠を行おうとしたのではなく,ヤーヴェに対する深い信仰のみに基づいてこれを行おうとしたのであり,それゆえアブラハムのこの行為は,新しい宗教的経験としての,信仰の行為だったのだと論じる。セバスティアン老の経験は,ある点でこのアブラハムの行為に類似したものだといえよう。つまり彼もまた,一度慣習を取り払った上で,新たに伝統を反復しなおすことにより,新しい経験としての信仰を獲得したのである。そしてまさにこの点から,マプーチェ的な伝統の破壊者としてのセバスティアン老の姿が浮かび上がってくる。なぜなら,彼は懐疑から出発して自らの信仰を再構成してしまったがために,マプーチェの伝統のうちで,彼の新しい信仰からみて非合理な部分を,おそれることなく切り捨ててしまうからである。祖先からの神話的伝承全体に忠実で,そうした伝承が定める規則を破ることをおそれる伝統主義的なマプーチェの人々とは対照的に,彼がおそれるのは,夢による神の直接的啓示だけなのだ。

(...) 今日,いまだに多くのマプーチェの人々が,様々なハンディキャップにもめげず,チリ社会への完全な同化を拒否して,マプーチェであり続けようとしていることは,彼らが意識的にそれを選択しているから,ということだけでは説明がつかないように思われる。おそらくそれは,夢や病気,偶然の出来事などの,意識の外にある現象を通じて,依然として彼らの前にマプーチェ的な「真実」が開示され続けているからである。そしてこの「真実」は,セバスティアン老にとってのヘリコプターの夢がそうであったように,ほとんど強制的に人々を自らに従わせる。S.フロイトは,『快感原則の彼岸』において,生のあらゆる原則の彼方にある人間の根源的衝動としての,「以前の状態を回復するという要求」について語っている。ヤバスティアン老たちが,意識外の現象の中にマプーチェ的なものを見いだしつづけている背景には,最も深いレベルにおけるこうした力の作用があるのかも知れない

(...) ただ,ここで問題なのは,今日のマプーチェにとっての「以前の状態」が,いわゆる伝統的なマプーチェ社会の物事だけではなくなってしまったことである。彼らは今や,スペイン語の使用をはじめとして,日常生活のかなりの部分を,チリ社会の論理にしたがって行わざるを得なくなっているし,そうした発話や行動の記憶は,一つの存在のあり方として,彼らの無意識や身体の底にまで根付いてしまっている。それゆえ,相矛盾する「以前の状態」を回復すべく運命づけられた彼らの想起は,必然的に異種混清的なものとならざるを得ず,この異質なものの混汚は,ある時には新たな美しい和音を生み出すとともに,別の時には激しい不協和音となって鳴り響くのである。マプーチェ的なものとウインカ的なものとが奇妙に圧縮された,セバスティアン老の夢の中のヘリコプターは,まさにこうした状況を象徴するものになっているだろう。

「人類学と民族科学-スペイン・ガリシア地方の民間医療に関する一つの反省」(1988)

2012/04/20 6:31 に Tadashi YANAI が投稿   [ 2012/04/20 6:31 に更新しました ]

(...) 民族医学的諸ディスクール(ここでは生物医学もこれに含めておく)は単なる「文化要素」ではなく,実践的な知識の体系であって,しばしば元来の自然環境及び社会-文化的コンテクストをのりこえ,他のコンテクストに侵入する(もちろん,それがその自然環境又は社会-文化的なコンテクストと親和性の強い知識で,そこを離れては意味が失われやすい場合もあるが)。特に社会変化を背景とする場合,こうした新しいディスクールの侵入は伝統的な多元的医療体系に大きな変容を強いるのであり,社会保障制度に後ろ楯された生物医学のガリシアの村々への侵入は,その最たるものである。

(...) しかしながら,このことは生物医学が他の諸ディスクールを完全に排除してしまうことを意味しない。F.LAPLANTINEが正しく指摘しているように,個人の自らの病気についての解釈は,社会的に支配的なイデオロギーから常に乖離しうるのであって,実際,アイレや邪祝にかかって呪文の力あるいは聖人の力によって治癒した経験を持つ者は,生物医学の排他的なイデオロギーに対して懐疑的になることを余儀なくされる。生物医学は決して絶対にはなりえず,人々は依然,複数のディスクールの中から対策を選んでゆくのである。例えば,一時期ひどい抑うつ症状に悩まされ続けたピニェイラルのある若い女性は,抑うつ神経症という精神医学的解釈と,邪視ではないかという彼女の家族の(彼女自身は信じたくない)解釈との間を揺れ動き,バイーニャス,ネグレイラの治療師や巡礼地サン・カンピオを訪ねた末に,結局精神科に入院して治癒した経験を私に語ってくれた(この例で興味深いのは,そうして良くなった後も,彼女は民間医療を頭から否定できず,それに興味を持ち続けている事実である)。

(...) ところで,後半の検討の中で,それとは別に次第に明らかになったと思われることが一つある。それは,そこで取り上げた四つの視点(象徴論,民族精神医学,社会学,社会変化)が,ガリシアのディスクールを解釈するためにはそれぞれ不充分な,現象の特定の方向からの切り口に過ぎないこと,そして四つの視点をうまく組み合わせてみたところで,おそらく結果は同様であることである16)。これは,ガリシアの民族科学的ディスクールの不充分さを表しているというよりは,むしろ人類学の諸ディスクールの不充分さを示すものであろう。その意味では,人類学の諸ディスクールは,ガリシアの民族科学を解釈したのと同時に,それによって解釈されたのだともいえる。

(...) 既に示唆してきたように,人類学もまた一つの民族科学にすぎず,人類学のディスクールに特権的地位を与えるような絶対的根拠は何もない。ただ,それが用いられるのは,人塀学者の営みが,彼が属している「我々」の現代社会の側からなされるから,すなわち,人類学者が,「彼ら」の民族科学のディスクールから何を吸収し,それを「我々」のために生かせるようにすることを目標としているからに他ならない(但し,全世界で急速に進行している社会変化のプロセスによって「我々」と「彼ら」との境界が日々溶解しつつある現在,この作業は「彼ら」にとっても十分有意義なものになりうる)。ところで,4.の末尾で,ブラジル生まれの職業的治療師が,自らのシステムによってガリシアの病気を解釈して治療し,他方人々は彼をガリシアの伝統的治療師とみなして利用している例に言及したが,人類学者の解釈も,ある意味ではこれと同質のものであると言えるかもしれない。つまり,彼らが「誤解」しているならば人類学者の「理解」も「誤解」にすぎず,彼らが「理解」しているならば,人類学者の「理解」もそう呼んでよいことになる。私は,次に述べる問題を踏まえた上で,これを「理解」と呼ぶべきだと考える。

すなわち,ここで注意しなければならないのは,異なるディスクールの間の共約不可能性である。それぞれのディスクールはそれぞれの内的論理と現実についての見方(その内には,我々が「幻覚」や「偶然」という民俗概念によって「現実」の中に含めることを認めない事態についての認識もある)を持っており,それを一定のディスクールに還元してしまおうとするのは,もとから不可能なことである。本論でも言及したJ.FAVRET-SAADAの妖術研究の例に明瞭にみられるように,一つのディスクールから他のディスクールに移ることはしばしば非常に困難である。その一つの大きな原因は,それが自分が今まで生きてきた論理体系と現実の見方に矛盾する場合があるからである。おそらく,我々の重大な課題の一つは,こうした異ディスクール間の共約不可能性を認識した上で,「彼ら」のディスクールの内的論理と現実に対する態度に注意を払いつつ(場合によってはそれを自ら生きることに努めながら),それを同時に「我々」のディスクールと対照してゆくことによって,「我々」のディスクールを豊かにしてゆくことである。

「アマゾン上流域における幻覚・治療・芸術」(修士論文)

2012/04/20 6:30 に Tadashi YANAI が投稿   [ 2012/04/20 6:32 に更新しました ]

第I部 民族誌的コンテクスト-アマゾン上流域における幻覚とシャーマニズム 第1章 イントロダクション/第2章 アマゾン上流域における幻覚と社会/第3章 異なる「現実」とその意味(I)/第4章 シャーマニズムの実践/第5章 異なる「現実」とその意味(II)
第II部 考察 第6章 幻覚の問題/第7章 夢・芸術・分裂病―異なる「現実」の経験/第8章 治療とその解釈/第9章 身体性について―アマゾン上流域における幻覚の意味(総括)
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(…) 前章[第2章]では、アマゾン上流域に位置する5つのグループについて、具体的に、人々と幻覚のかかわりをみてきた。これらの5つは、地理的にはコロンビア、エクアドル、ペルーの三国とブラジルの隣接地域にまたがり、言語系統もそれぞれ異なっている。そこで、おのおの微妙に違った形でありながらも共通にあらわれてきたテーマは、各々の社会に住む人々が、幻覚経験の中に日常的な生活世界での経験を越えたもう一つの経験様式をみとめ、それに積極的な価値を付与している、ということである。民族誌を検討するうちにしだいに明らかになってきたように、この日常的現実からはみだした経験の相は、幻覚性植物による幻覚の中でのみ現出するのではなくて、夢や儀礼や芸術的経験とも密接に結びついたものであった。そこで以下では、こうした経験を一括して、日常的現実における経験とは異なった経験様式という意味で、<異なる「現実」の経験>とよぶことにする。

(…)こうした異なる「現実」は、主に夢や幻覚を通して経験されるものであるが、それは同時に儀礼や音楽、踊り、デザイン等の芸術・芸能の領域とも不可分に結びあっていた。幻覚と音楽は非常に密接に結びついており、アマゾン上流域ではアヤワスカ(ヤヘ)が飲まれる場合、ほとんどセッションのあいだじゅう歌が歌いつづけられる。幻覚とデザイン等の表現的行為との結び付きも顕著で、デサナ-バラサナでも、ヤグアでも、カネロス・キチュアでもみられ、とくにシピボ・コニボではこれが高度に発達して、さらに歌とも結びついていた。

(…)それでは、アマゾン上流域の人々がかくも重視している「知識」とはいったい何なのであろうか。それはまず、具体的・実践的な意味を含んでいる。ライヘル・ドルマトフがいうように、精霊は彼らに獲物の居所や魚をとる場所、果実の熟している場所、敵は誰であるか、敵にどうやって逆襲することができるか、を幻覚の中で教えるのであり、このことは幻覚経験が遠隔視のような超感覚的知覚をしばしば可能にすることともかかわっている。しかしながら、この「知識」はもっと深い意味をもふくんでいる。デサナは、たんに知覚することと、より深い次元での認識、すなわち「ひびき」を聴くこととを明瞭に区別していた。前述した精霊たちが与えてくれる具体的・実践的な知識にしても、多くの場合たんにシンボルとして与えられるのであって、それらの「ひびき」を聴く力がなければ役に立たないわけである。この「ひびき」を聴く力というのは、単純な観念連合や暗号解読表的な知識ではなくて(それならみな容易にマスターしてしまうはずである)、もっと精妙な、おそらく言葉では表現しがたいものであり、この力を獲得することが、人々が異なる「現実」と接触する目的である。アマゾン上流域のいろんな民族が、「知るために」幻覚剤をのむというのはまさにこの意味においてであると思われる。

***

(…) 前章[第4章]では、この異なる「現実」にもっとも深いかかわりをもつ存在であるシャーマンが、そこからいかに、どんな「知識」を引き出してゆくのか、またその「知識」をどう利用してゆくのか、という問題意識を持ちつつ、アマゾン上流域のシャーマニズムに関するデータを整理してみた。(…) 前章で断片的に主張したいくつかの命題[は](…) およそ次の3点くらいにまとまるだろう。(1)シャーマニズムは、個人性と普遍性をもった現象である。(…) シャーマンの知識・力・テクニックは、文化的枠組みからある程度独立に、個人個人の修業の過程で獲得されてゆくものであり、それは裏を返せば文化の枠をこえた普遍性に至る可能性をもつものである。従ってシャーマニズムを単なる文化のサブシステムとみなすことはできない。(2)シャーマンの修業は、師匠から弟子への知識の伝授ではなくて、幻覚状態の中での精霊による啓示を中心としている。この啓示は、カネロス・キチュアの例にみられたように、しばしば十分明確なものであって、そこに師匠による解釈のシステムが介在するとは必ずしも言えない。(3)シャーマンの治療は、シャーマンの歌を中心に展開されるが、そこで行われることは「象徴的コミュニケーション」ではなく、もっと深い知覚のレベル、いわば知覚の身体的レベルでのインタラクションである。それはある意味で芸術的経験に比することができるのかもしれない。(…) 第II部(第6章~第9章)では、アマゾン上流域のシャーマニズムが提起している問題を理論的に検討することになるが、そこで議論の中心になるのはまさにこの三つの命題の理論的インプリケーションである。

(…) ショーメイユはさらに、修業期間中に、幻覚剤のたび重なる効果によって体がバラバラになったように感じる経験を、<身体の破裂>と呼んで重視している。彼はこうして、修業期間中に、一度死ぬ。修業を終えて自分の家に戻るとき、日常生活者としての彼の人格や、彼の身体は「再生」する。しかし注意しなければならないのは、ここでの「再生」は、ふつうのイニシエーション儀礼でみられる「死と再生」のパターンとはニュアンスを異にしていることである。修業を終えたシャーマンは、たしかに「再生」するのであるが、それと同時に死んでいるのである。ヤグアでは、シャーマンは、(毒殺以外の方法で)殺すことはできないとされる。なぜなら、彼はすでに死んでいるからである。彼はふつうの人間として再生するのではなく、生者と死者の中間的存在として再生するのである。生と死の対立をこえてしまうシャーマンが、人間の枠をもこえてしまうことは不思議ではない。彼は精霊の言葉を理解し、精霊はしばしば彼に憑依して彼と一体化してしまう。他方でシャーマンは変化の術を心得ており、必要とあればジャガーや鹿の姿をとることもできるとされる。

(…) 伝統文化の最も洗練された代表者であるはずのシャーマンが、その道を進めば進むほど伝統文化からはみ出してしまうこと、これがシャーマニズムのパラドックスである。そういう意味で、カネロス・キチュアの<サチャ・ルナ(sacha runa)>という言葉はこのパラドックスを見事に示したものと言えるかもしれない。サチャ・ルナとは、人生のプロセスをよく理解し、知性的で探究心が強く、創造的な人間として自己形成をしてゆく人、「知識」のある人であり、カネロス・キチュアの理想である。(…)カネロス・キチュアの社会において、サチャ・ルナへの道はシャーマンの道にほかならない。ところで、このサチャ・ルナという言葉は、文字通りには「野生の人」、「ジャングルの人」という意味であり、先の「知識ある人」という意味は、ジャングルの中に孤立して住むことのできる人、というところからきている。これは単に言葉の問題ではない。真のサチャ・ルナは実際に、社会集団の絆から離れ、社会のリーダーの枠をとびこえて、文字通りジャングルの中に住んでしまうのである。(…) 異なる「現実」はただ人間に知識や力をもたらすだけではない。それは人間の日常生活、社会生活、文化を解体してゆく可能性をもったものであり、社会にとってネガティブな力にもなりうるものである。創造的でありかつ破壊的であること、これが、異なる「現実」の最も深い意味である。

***

(…)以上、この章[第7章]では少しまわり道をして、夢・芸術・分裂病といったテーマを扱ってみた。その目的は、すでに明白だと思われるが、前章[第6章]で幻覚について論じたときに提起した問題が、瑣末なことではなく、人間の経験のかなり広範囲にわたる部分とかかわったものであることを示すことであった。ユング、[オクタビオ・]パス、木村[敏]のそれぞれの論の目指すところは、微妙な違いはあるが、およそ前章で私がとった立場と同じであった。それらの議論を経て明らかになったことを、われわれの目的に即してまとめてみると、次の二つぐらいが重要なポイントとなるであろう。

まず第一に、夢や芸術や分裂病といった現象もまた、幻覚と同じように、たんなる想像の世界に属するものではなくて、それ自身の自律性と未知性をもったものだということである。その意味で、これらの現象は、(…)すでに何度も用いてきた<異なる「現実」>という言葉が言及しているものと同じものにかかわっている。そして、この章の議論で明らかになったことの一つは、これらの現象の自律性と未知性が、「自己のなかの他者の現出」ということに由来していることである。ユングの「個性化」、パスの「他者性」、木村の分裂病についての理解は、まさにこの点に注目して生まれたものである。

第二のポイントは、第一のポイントの帰結として出てくる。もし幻覚や夢や芸術や分裂病といった現象が日常的現実とは異なるもうひとつの経験の相と関連しているのなら、日常的現実とは一体何なのだろうか。木村は我々の「常識」について考察をめぐらして、それが(…)われわれ自身の必要のために、便宜的に、実践的につくり上げられたものだと考えた。彼のその後の分裂病論の成果、とくに「内的差異としての自己」の概念をもとにしてこの問題を再考してみると、いま一歩認識を深めることができる。日常生活において我々は、たえず自己を自己として非自己から分離する作業を行っているのに対し、分裂病を含めて「他者性」の経験においてはこの作業が停止または逆転してしまう。ところで、我々の「常識」が個物の個物性、個物の同一性、世界の単一性から構成されているとすれば、つまり「1=1」を認めることであるとすれば、それは「私が私であること」を基盤にしていると考えてもいいはずである。といことは、「常識」が「常識」として成立しうるのは、ただ我々が絶え間なく自己の差異化作用をはたらかせて、自己を生産し続けているからだ、ということになる。この自己の差異化作用自体は少しも自明なものではない。(…) オクタビオ・パスは「異なる現実(otra realidad)は少しも奇跡的ではない: そこに在るのだから。日常の世界は日常の世界である: 何という奇跡だろう!」と述べているが、その通りだというべきだろう。

***

(…) シャーマンは治療その他の実践の場において、さまざまな呪物(フェティッシュ)を用いる(あとで述べるように治療歌もその一種と考えることができる)。シャーマンは、そうした呪物を手掛かりにして、異なる「現実」と向き合い、その力を利用していく。(…) それらはたいてい薄ぎたない、どこにでもありそうなガラクタであって、それが何故そんなに重要なのか、合理的には理解できないような印象を与える。こうしたことは、どう考えたらよいのだろうか。この問題について考えるのに、ペルー海岸部のシャーマニズムにおいてメサ(mesa)と呼ばれるものが、よい手がかりになるように思われる。

(…) シャロンは、メサの物品[シャーマンの儀礼で祭壇のようなものを構成する「力の物品」の集合体]について次のように説明する。「メサの力の物品は、治療師が仕事をはじめるときに集合させられるでたらめなコレクションではない。それらは(注:治療師自らが)実践をつづけてゆくうちに少しずつ獲得してきたものである。治療師は、必要不可欠なもの-用具および2、3の物品-だけから出発する。年月がたつごとに彼はそのコレクションをふやしていく。(…) それぞれは、幻覚性のサン・ペドロ[サボテンの一種]の飲料の触媒的な効果によって活性化されるそれ自身の「役割」のほかに、治療師にとっての特別な意味をもっている。」 (…) エドゥアルド[シャロンの研究協力者であったシャーマン]はシャロンに次のように語っている。「私は夜これらの物を扱うたびに知識を増していったのだ。一回一回、より多くの、ずっとすぐれた知識を、こうして今これらのものをいじっているような具合に、今日まで獲得してきた。(…) 今、歳月がこうして流れて、私はこんな結論に達した。知識とは、実践によって得られるものだ、と。当たりまえのこと、じつに単純なことではないか」。

ここでわかることは、シャーマンのもついろんな呪物の意味は、それといわば生きられた対決をすることによってはじめて開示されてくるものだ、ということである。(…) 呪物の与える「知識」は、つねに意外で、未知性、他者性をおびている。(…) アマゾン上流域のシャーマンの治療歌も、このメサの物品と厳密に相似的な特徴をもっており、それゆえ上のような意味でまさに「呪物(フェティッシュ)」と呼びうるものである。ヤグアの例でみたように、シャーマンの治療歌はきわめて個人的なものであった。そして、アマゾン上流域のシャーマンの治療歌のレパートリーは、ちょうどメサの物品のように、ひとつひとつ獲得されてゆき、シャーマンと特別な関係をもってゆく。

(…) シャーマンの呪物や治療歌を、「象徴」という観点からみると、以上のような意味で、そこに二種類の相異なる意味、相異なる働きをみとめねばならないであろう。ひとつは、コンテクストによって確定する意味や働きで、ペルー海岸のメサの例でいえば、メサの物品のそれぞれは「役割」をもっており、これがこの第一の側面に相当する。これはいえば「考えられた象徴」としての側面(…)である。もうひとつが、いま説明してきた(…)本質的に未知的で、生きられた経験の中にのみ現出してくる、いわば「生きられた象徴」としての側面である。シャーマンの呪物や治療歌は、この二つの面をもってはじめて、その十分な意味と力をもちうるのである。

***

(…) 身体を我々の自己(あるいは意識)との関係において考えるとき、そこには大まかにいって二つの関係のあり方があるといてるだろう。ひとつは認識を通じて自己(意識)に統合され、自己(意識)のもとに行動する、いわば「統合的な身体」である。(…) しかしながら、身体にはもうひとつの見落とすことのできない側面がある。それは、自己(意識)にかかわりなく自律的に機能してしまう、いわば「日統合的な身体」である(…)。それは、消化活動や血液循環のようにふつう人間の意識にのぼらない活動をも含んでいるが、意識にとってもっとも典型的には、睡眠、病気、さまざまな生理的快感・不快感、さらに死という形で表れてくる。「非統合的身体」の存在感が大きく感じられるのは、一言でいえば、このように心に反して体が自律的に動いてしまうときである。

(…) たとえば、バラサナ社会の人々は、Heという言葉で私がこれまで<異なる「現実」>と呼んできた状態を表現していたが、この言葉はただ幻覚剤や儀礼や夢だけを通じて実現される状態を示すのではなかった。彼らは、病気や出産、生理、死にともなう危険な状態をも同じHeという言葉で呼んでいたのである。このような状態もまた、自己の意志にかかわらず「非統合的な身体」が現出してきて、自己が自己として存続することが危機にさらされる状態であるといえる。

第5章で言及したヤグアの「破裂した身体」のテーマは、こうしたことを念頭に置いていれば、納得のゆくものとなる。ヤグアのシャーマンは、数度の幻覚経験を含んだイニシエーションの修業の中で、意味にかこまれた人間の世界からいったん切り離され、彼の体は「破裂」して死ぬ。そうした後に、すなわち死んでいてしかも生きている状態になってはじめて、彼はシャーマンの知識=力を獲得し有効に使うことができるとされるのである。身体は破裂することによってその統合性を失い、各部分がもっていたはずの意味を失う。しかしそれでも彼の身体は破裂したまま生きつづける。(…) シャーマニズムとは、「統合的な身体」に対してふだんネガティブな現れ方しかしない「非統合的な身体」のもつ並み外れた力を利用していくテクニックだとは言えないだろうか。

(…) 神経系によって統合された人間の「統合的な身体」とは一体何なのであろうか。こういう問い返しをしてみるとき、オルダス・ハクスレーが紹介している哲学者C・D・ブロードの次のような考え方も、いく分か真理を含んでいるように思えるのである。「ベルグソンが記憶と感覚知覚に関して提唱したような理論を、われわれは今までの傾向をはなれてもっと真剣に考慮した方がよいのではなかろうか。ベルグソンの示唆は、脳や神経系それに感覚器官の機能は主として除去作用的であって生産作用的ではないということである。人間は誰でもまたどの瞬間においても自分の身に生じたことをすべて記憶することができるし、宇宙のすべてのところで生じることすべてを知覚することができる。脳および神経系の機能は、ほとんどが無益で無関係なこの巨大な量の知識のために我々が押し潰され混乱を生まないように守ることであり、放っておくとわれわれが時々刻々に知覚したり記憶したりしてしまうものの大部分を閉め出し、僅かな量の、日常的に有効そうなものだけを特別に選び取って残しておくのである」。

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