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「人類学と民族科学-スペイン・ガリシア地方の民間医療に関する一つの反省」(1988)

2012/04/20 6:31 に Tadashi YANAI が投稿   [ 2012/04/20 6:31 に更新しました ]
(...) 民族医学的諸ディスクール(ここでは生物医学もこれに含めておく)は単なる「文化要素」ではなく,実践的な知識の体系であって,しばしば元来の自然環境及び社会-文化的コンテクストをのりこえ,他のコンテクストに侵入する(もちろん,それがその自然環境又は社会-文化的なコンテクストと親和性の強い知識で,そこを離れては意味が失われやすい場合もあるが)。特に社会変化を背景とする場合,こうした新しいディスクールの侵入は伝統的な多元的医療体系に大きな変容を強いるのであり,社会保障制度に後ろ楯された生物医学のガリシアの村々への侵入は,その最たるものである。

(...) しかしながら,このことは生物医学が他の諸ディスクールを完全に排除してしまうことを意味しない。F.LAPLANTINEが正しく指摘しているように,個人の自らの病気についての解釈は,社会的に支配的なイデオロギーから常に乖離しうるのであって,実際,アイレや邪祝にかかって呪文の力あるいは聖人の力によって治癒した経験を持つ者は,生物医学の排他的なイデオロギーに対して懐疑的になることを余儀なくされる。生物医学は決して絶対にはなりえず,人々は依然,複数のディスクールの中から対策を選んでゆくのである。例えば,一時期ひどい抑うつ症状に悩まされ続けたピニェイラルのある若い女性は,抑うつ神経症という精神医学的解釈と,邪視ではないかという彼女の家族の(彼女自身は信じたくない)解釈との間を揺れ動き,バイーニャス,ネグレイラの治療師や巡礼地サン・カンピオを訪ねた末に,結局精神科に入院して治癒した経験を私に語ってくれた(この例で興味深いのは,そうして良くなった後も,彼女は民間医療を頭から否定できず,それに興味を持ち続けている事実である)。

(...) ところで,後半の検討の中で,それとは別に次第に明らかになったと思われることが一つある。それは,そこで取り上げた四つの視点(象徴論,民族精神医学,社会学,社会変化)が,ガリシアのディスクールを解釈するためにはそれぞれ不充分な,現象の特定の方向からの切り口に過ぎないこと,そして四つの視点をうまく組み合わせてみたところで,おそらく結果は同様であることである16)。これは,ガリシアの民族科学的ディスクールの不充分さを表しているというよりは,むしろ人類学の諸ディスクールの不充分さを示すものであろう。その意味では,人類学の諸ディスクールは,ガリシアの民族科学を解釈したのと同時に,それによって解釈されたのだともいえる。

(...) 既に示唆してきたように,人類学もまた一つの民族科学にすぎず,人類学のディスクールに特権的地位を与えるような絶対的根拠は何もない。ただ,それが用いられるのは,人塀学者の営みが,彼が属している「我々」の現代社会の側からなされるから,すなわち,人類学者が,「彼ら」の民族科学のディスクールから何を吸収し,それを「我々」のために生かせるようにすることを目標としているからに他ならない(但し,全世界で急速に進行している社会変化のプロセスによって「我々」と「彼ら」との境界が日々溶解しつつある現在,この作業は「彼ら」にとっても十分有意義なものになりうる)。ところで,4.の末尾で,ブラジル生まれの職業的治療師が,自らのシステムによってガリシアの病気を解釈して治療し,他方人々は彼をガリシアの伝統的治療師とみなして利用している例に言及したが,人類学者の解釈も,ある意味ではこれと同質のものであると言えるかもしれない。つまり,彼らが「誤解」しているならば人類学者の「理解」も「誤解」にすぎず,彼らが「理解」しているならば,人類学者の「理解」もそう呼んでよいことになる。私は,次に述べる問題を踏まえた上で,これを「理解」と呼ぶべきだと考える。

すなわち,ここで注意しなければならないのは,異なるディスクールの間の共約不可能性である。それぞれのディスクールはそれぞれの内的論理と現実についての見方(その内には,我々が「幻覚」や「偶然」という民俗概念によって「現実」の中に含めることを認めない事態についての認識もある)を持っており,それを一定のディスクールに還元してしまおうとするのは,もとから不可能なことである。本論でも言及したJ.FAVRET-SAADAの妖術研究の例に明瞭にみられるように,一つのディスクールから他のディスクールに移ることはしばしば非常に困難である。その一つの大きな原因は,それが自分が今まで生きてきた論理体系と現実の見方に矛盾する場合があるからである。おそらく,我々の重大な課題の一つは,こうした異ディスクール間の共約不可能性を認識した上で,「彼ら」のディスクールの内的論理と現実に対する態度に注意を払いつつ(場合によってはそれを自ら生きることに努めながら),それを同時に「我々」のディスクールと対照してゆくことによって,「我々」のディスクールを豊かにしてゆくことである。
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