断章‎ > ‎断章1998-2002‎ > ‎

「アイデンティティの識別不能地帯で」(2002[1997])

2012/04/20 6:02 に Tadashi YANAI が投稿   [ 2012/04/20 6:05 に更新しました ]
  • (...) 今日、一口に「マプーチェ」といっても、その実態は著しく多様である。彼らの村を訪ねても、かなり昔ながらの生活を送っているようにみえる伝統主義的なマプーチェから、チリ的生活様式を大幅に取り入れたマプーチェまで相当の振幅がある。中には、伝統的儀礼への参加を完全に拒否しているマプーチェ(概してキリスト教プロテスタント諸派に改宗した人々)も少なからず存在する。他方、都市部(首都サンティアゴや地方都市テムコ)に居住する人々の間にも、夏休みに毎年帰郷して居留地との繋がりを密接に保っている人々から、もはや居留地との繋がりを完全に断ち切り、単なる「チリ人」として暮らしている人々まで、非常に大きな差異がある。それだけではない。こうした多様性の内奥に、さらに、複雑で多方向的に変動するプロセスが存在するのである。例えば、伝統主義的な生活を守っていたマプーチェがある日突然、プロテスタントに改宗して儀礼への参加を一切拒否する。或いは、都市に何年も住んでいたマプーチェが故郷に戻って伝統的儀礼に熱心に参加するようになる。
  • (...) 思考の中で、たえまなく「自己」が「他者」になり、「他者」が「自己」がなるという、このような状況を、どう理解したらいいのだろうか? いいかえるなら、「なること、生成(devenir)」の局面があらゆるところで表出しているような、こうした状況をどのように把握したらいいのだろうか? ドゥルーズは、「生成、変化、変動とは、構成された形態(formes composes)ではなくて、構成していく力(forces composantes)とかかわるものである」と述べている。つまり、ドゥルーズによれば、あらゆる生成、変化の状況を真に把握するためには、「既に構成された形態」から「そうした形態を構成していく諸力」へと視点を移動しなければならない、というわけである。この立場からいえば、根本的な問いとは、次のようなものになるだろう。つまり、伝統主義的マプーチェ、プロテスタントに改宗したマプーチェ、チリ的生活に適応したマプーチェ、都市に住むマプーチェ、といった「すでに構成された」アイデンティティの社会文化的形態の内奥において、そうした諸形態を「構成してゆく諸力」の間で、一体何が起こっているのだろうか? まさにこれが、私がこの論考で「生成」の民族誌として扱おうとする問題にほかならない。
  • (...) 人間とその「祖先に由来する、思考する魂」との関係には独特の曖昧性がある。この曖昧性は、マプーチェの人々が、スペイン語でこの魂に言及する時に明白になる。彼らは、一方ではそうした魂を「持っている」(tener)という表現をするのだが、他方で、そうした魂が主体になって夢を見たり儀礼的会話を行ったりするという文脈では、彼ら自身がそれらの魂「である」(ser)というのである。この「祖先の魂を持つ(tener)」と「祖先の魂である(ser)」との間の見かけ上の矛盾は、マプーチェ的思考の本質的にダイナミックな性格をそのまま反映したものにほかならない。つまり、彼らが「持つ」から「である」へと移行するとき、彼らは祖先に「なる」のである。そして、この祖先に「なる」瞬間は、まさに彼らが祖先の真実を語り、あるいは祖先の霊的能力のもとで夢を見、あるいは祖先の力を運用する瞬間に他ならないのである。
  • (...) あるマプーチェは、自分たちの状況を要約して次のように言った。「今日、私たちは、誰一人例外なく、何らかの罰を背負って生きています。私たちの生活は、ウインカの物事だらけになってしまっているから、これはもう避けようがないのです」。このようなわけで、マプーチェの人々は、一方では、その「祖先に由来する、思考する魂」をもって生まれることによって、祖先の知識と力とを獲得する可能性を持つのであるが、他方では、残念ながら、今日彼らが生きている状況ゆえに、彼らはこの魂の恩恵を受けるどころか、この魂を持っているがために受ける「罰」を、事実上逃れられない運命になってしまっている。そして、少なくとも伝統的な意味で「マプーチェ」でありつづける限り、彼らが、このきわめて重苦しい論理から抜け出すことは不可能なのである。
  • (...) 必要なのは、表面的な「形態」(伝統主義者、プロテスタント、都市に住むマプーチェなど)を乗り越えて、様々な異質な「力」(一方で伝統的なマプーチェ的真理やマプーチェ的力、他方でキリスト教を含めた欧米的文化の浸透したチリの文化に内包される真理や力)が同時に、しかし不揃いな形で作動している場所へと向かうことである。この場所を、もはやマプーチェ、ウインカといったアイデンティティ(同一性)が確定不能になっている場所という意味で、アイデンティティの「識別不能地帯」と呼んでおいても良いだろう。
  • (...) この論考では、今日のマプーチェ社会の人々の生を、「生成」の民族誌として把握することを提案し、その素描を試みた。ところで、このような形で人類学者が「生成」を捉えようとする実践と、彼ら自身の社会文化的実践との間には、一体どんな関係が存在しうるのだろうか? 私はこの点に関し、人類学者自身がその学問的実践を行なう場所は、今日のマプーチェの人々-そして同様の状況を生きる世界の様々な地域の人々-がその未来を創造しようとして行き来するアイデンティティの識別不能地帯と、実は、じかに連結しあっているものと考える。実際、長期間のフィールドワークを通じ、特定の民族誌的現実の中に深く潜入することによって、人類学者は、単に社会文化システムの「すでに構成された形態」だけでなく、その背後にある「構成してゆく諸力」にも次第に接近してゆくようになる。そして、そうした研究対象の社会の「構成してゆく諸力」との接触の中で、人類学者自身も、何らかの意味でアイデンティティの識別不能地帯へと踏み込んでゆくのであり、そこから新しいものを創造しようとする人類学者の営みは、どこかで、マルガリータやセバスティアンやレオネル・リエンラフのような人々の営みとも反響しあうのである。
Comments