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「映画作家ルーシュ―ヌーヴェルヴァーグ映画を鏡として考える」(2014)

2014/06/21 1:21 に Tadashi YANAI が投稿   [ 2014/06/21 1:49 に更新しました ]
  • (...) 二つ目は一九五七年の《狂った主人たち》公開時のエピソードである。儀礼の参加者たちが次々に激しい憑依に入ってゆく映像を見て衝撃を受けたクロード・シャブロルが、「ジャン・ルーシュの住所を教えてほしい、彼が一体どうやって彼の俳優たちの演出をしたのか知りたいのだ」とブロンベルジェに言ったのだ [Rouch 2009: 45]。壮絶な誤解だが、しかしこの言葉は、後にシャブロル映画が展開する日常性の中の狂気というテーマと連結するだけでなく、時代を遡って「呪われた映画祭」でルーシュの《憑依者たちのダンス入門》が高い評価を受けた理由をも想像させるものだろう。《憑依者たちのダンス入門》は、病的な憑依に見舞われたソンガイの女性が、先達の指導のもとに踊りのステップを辛抱強く学ぶことで、正しい仕方で憑依が起こるようにする過程を扱ったものだった。当時の先鋭的な映画人たちは、この作品が示すアフリカの独特の身体的な知のあり方に前衛的な演劇に通じるものを見て、感激したのではないだろうか。ここで一九三〇年代にアントナン・アルトーが論じた「残酷の演劇」を想起するなら、アフリカの憑依儀礼を前衛演劇の延長線上で理解するのは単なる勘違いとは思えなくなってくる。実際、ルーシュもまた若い頃にアルトーに熱中した一人であり、彼自身、ニジェールの憑依儀礼における踊りや音楽の単調な反復を「残酷の演劇」と結びつけているのだ。つまりルーシュもおそらく、アルトーに導かれつつ獲得した精神的自由のもとではじめて、ソンガイの人々の身体的な知を正面から受け止めることができたのであり――この精神的自由は疑いなく同時代の(文字による)人類学の理論的思考を大幅にはみ出したものであった ――、そうやって作られたルーシュの映像がまた、映画人たちを強烈に印象づけたのだ。
  • (...) ルーシュは後年、民族誌映画の撮影が成功したか失敗したかを、「発明の野蛮さを再び見出すために人類学と映画の理論の重圧から自由になることができたか」と関係づけて語っている。人類学の理論は民族誌的対象に接近するために、そして映画理論は撮影のために基本的な手がかりを与えるものだが、しかし撮影の瞬間には、それらを忘れ、ファインダーの中から析出してくるものに敏感かつ柔軟に反応しなければならない。彼が徹底して手持ちカメラで撮影を続けたのも、カメラを三脚に据えた途端、撮影行為は「安定した画面」という外的要因によって規定されてしまうからである。カメラを三脚から外し、見るに堪えない映像を撮る危険を冒し始めた瞬間に、カメラを通して現実自体が語る可能性が生まれる。ヌーヴェルヴァーグの映画作家たちがルーシュの作品に見たのは、民族誌映画の新しい方法ではなく、そうやってルーシュが現実から直接引き出してきた新しい映画的語りであった。
  • (...) ロメールが映画を通して描こうとしたのは、彼自身が言うように、状況や社会に囚われて行動する人間ではなくて、(言葉の深い意味で)自由に行動する人間であった。ロメールがその作品の中で男女の恋愛関係を繰り返し取り上げたのは、現代社会において恋愛が、人間が自由な存在として振る舞いうる数少ない領域に属するからだろう。恋愛は自己を危険にさらすと同時に、他者との関係のなかで別の自分になる希望を与える。そこにはコントロールしえないものがあり、偶然があり、そして賭けがある。そしてロメールの映画では、そうした問題が、映画制作自体におけるコントロールしえないもの、偶然、賭けとも重なり合ってゆく。そうやって彼が映画の中に実現する人間は、自分がコントロールしうるものの彼方にある「大きなもの」――ロメールはこれを「自然」と呼んだ ――と対峙する、どこか英雄的なものを含んだ存在にまで高められるのだ。
  • (...) こうした後期の多様な作品の中で、ルーシュ自身が自らの思想的決算とみなした一九八四年の劇映画《ディオニュソス》(1984)は、確かに中心的な位置を占めるものである。フランス人を主人公に、珍しく事前にシナリオを書いて作られたこの作品は、ディオニュソス神の「肖像=映画」であるとともに、詩の朗読を映像と組み合わせた「詩=映画」を多分に含み、スタイル的にはニジェールでの創作映画に最も類似している。ディオニュソスが演劇の神であり、仮面と変身の神であり、その信女たちは集団的憑依に入るとされたことを思い起こせば、この映画のテーマが、憑依映画やドゴンの映画とも直結していることがわかる。これは、映画の中でルーシュが大好きだった人々や事物を走馬燈のように駆け巡らせる、不思議な作品である。
  • (...) 異人グレイの姿をとったディオニュソスが、映画の中でソルボンヌ大学とシトロエンの自動車工場で二度の「裁き」を受けるのは、西欧文明の淵源たる古代ギリシャのディオニュソス的な生が、人文社会科学的な知や科学技術的な知のもとで抑圧されてきたことを寓話的に表現したものだろう。グレイが一つ目の人文・社会科学的な試練を乗り越えるために援用するのは、西欧の中でディオニュソスを呼び戻したニーチェやキリコだが、二つ目の科学技術的な試練を乗り越えるために使うのは、供犠というアフリカ的な知である――ルーシュにとって、憑依や仮面を通して思考するアフリカの知こそが、西欧が見失ったディオニュソス的伝統の真の継承者だったのだ。実際、シトロエンの旧式の自動車は、アフリカ的な知の文脈に移されて、供犠=解体によって豹に生まれ変わり、各部品は生ける肉となり、労働は音楽とともに快いものとなる 。ルーシュが表現しようとしたのはおそらく、西欧近代的な知をアフリカの伝統的な知と接触させ、それを通して、技術を生のなかに戻し、労働を喜びと結びつけてやることである。
  • (...) 印象深いのは、《ディオニュソス》の終盤で、ルーシュが若い頃の撮った《狂った主人たち》の憑依の一場面がやや唐突に引用されることである。ルーシュはこの映画の結末で、西欧の機械文明との激しい接触という経験の暴力性を如実に反映するような、激しく暴力的な憑依儀礼を行うアフリカの人々が、翌日は柔和な表情で労働に従事する映像を示しつつ、「彼らは、人間が異常にならずに機械文明に統合されることを可能にする解決策を知っているのではないだろうか」と問いかけたのだった。ルーシュが《ディオニュソス》で示そうとしたのは、そうしたアフリカの知こそが、実は西欧文明の源である古代ギリシャの知と深く通じるものであり、その接点に立ち戻ることが西欧文明の未来を考えることでもある、ということだったのではないだろうか。
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